2026年2月15日 聖日礼拝後の様子 名古屋礼拝所
本日は、ロサンゼルス本部のJさんも参加されました。
礼拝後、メッセージで語られた聖書のことばについて皆と分かち合いました。
動物が瀕死の状態で拾われ、世話をされて健康に戻れば、普通はその動物は飼い主になつく。ルカ17章で、らい病という、死と隣り合わせの大病を癒してもらって、それでも感謝しない、奇跡を体験してもイエスキリストを心に受け入れない、これが人間だということを見て、意外というか、少し驚いた。これだけどん底の人生を歩めば、人はもっと砕かれて謙遜になると思っていた。らい病が癒された9名は、たまたま歩いていたら、病気が治っただけだと自分に言い聞かせて、この体験をなかったことのようにしたいかもしれない。
聖書のみことばは権威だということについて・・・権威はただの称号では意味がなく、権威は力であり、力は、実際の変化をもたらすもの。イザヤ55章のたとえで、1粒の種が実際に実をならせることは変化であり、力。普段の生活でもその変化が実際に起こることを見ていく必要がある。
(Bさん)
ルカ7章の百人隊長の話の背景を礼拝で聞き、百人隊長の謙遜さ、神のことばの権威に対する謙遜さを教えられて、自分はどうかと改めて考える機会を与えられて感謝だった。明日からどう生きるか・・・みことばを口から出していくことをもっとやっていこうと思った。
お義父さんが最近眠れなくなり、そのことを家族四人で、聖書のみことばを読んで祈った。その週に病院でもらった薬が合っていたようで眠れるようになった。お義母さんも起こされて眠れていなかったが、それでお義母さんも眠れるようになった。見えるところでは病院の薬が効いたが、裏では神様が働いてくれたことを、聖書通読の時にお義父さんに話した。そうやって、お義父さんが体験しながら、聖書のみことばが何と言っているか、聖書のみことばの上に立って祈れることを神様に感謝です。