礼拝後、メッセージで語られた聖書のことばについて分かち合いました。 (Aさん) ルカ7章の、100人隊長の話、全イスラエルよりもまさる彼の信仰と、1コリント8:2~3の関連を教えていただいた。彼は、ユダヤ人を愛し、私財を投げうって会堂を建てた人なので、神様との交わりがあったと思われる。100人隊長にあったものは、神への愛で、「人が神を愛するなら、その人は神に知られていること」。信仰と愛と希望はつながっているので、彼は神を愛し、その愛する神が与えて下さるという希望を持ち、その希望に基づく信仰があった。「信仰」という日本語の語感からの私の誤解は「清らかな修道女が一人静かに礼拝堂で祈っている様子」とか、反対に、「お前、まだ信じないのか!ただ信ぜよ!信ぜよ!」と、カルト宗教の気合信仰のイメージ。しかし、信仰の定義としては、ヘブル11章の「神を求める者には報いてくださる」ということがあるので、その無意識に持つ誤りを正し、信仰は神様への愛と希望と一つであることを覚えていく。 (Bさん) ルカ7章の100人隊長の信仰は、彼の、イエス様とそのことばへの尊敬とつながっている。「この人は大工の息子ではないか」と言ったナザレの人たちにはそれがなく、汚れた心になっていった。