2025年6月22日聖日礼拝後の様子 名古屋礼拝所

〈礼拝後のリフレクション〉

 

Aさん)

人の心にみことばが入るためには、その聞き方に注意しなさいといわれます。自分は聖書の知識を持っていると思って聞くと、聖書のことばが心に入らないので、自分にも注意が必要だと思いました。

神様は人に霊を与えて下さっていて、その霊が、神様の息が悟りを与えて下さる扉であり、入り口であると教えていただきました。

 

Bさん)

種蒔きのたとえ話のところで、種を蒔いて、それが地に落ちた、その地の状態で実がなる事を理解できた。

その地はみことばを受け取る人の心の状態だと、理解できて良かったです。

 

Cさん)

今日の礼拝の賛美で、「全て疲れた人、重荷を負っている人は私(イエス様)のところに来なさい」という聖書の箇所が出てきた。自分を振り返り、聖書のことばを無視して、物事を自分の重荷として、自分の考えでやり、自分の栄光を求めていたことに気づいた。そうならないように、心の中の岩やイバラを取っていくことが必要 






このブログの人気の投稿

2025年1月 鶴見家の教会

12/11 聖日礼拝 山梨支部