神様からの感動、喜び
良い木になることが一番大事だと学びました。マタイ7:16、実から人の本当の品質が見えます。悪い木であれば、良い実を結ぼうとしてもできません。良い実を結ぶにはまず良い木にならなければならないということ学びました。神様のために生きるには、「実」だけに注目するのではなく、自分はどいう「木」であるのかをまず知らなければならないということを考えさせられました。この謙遜さによって神様は自分が良い木に育つように導いてくれるので、まずは謙遜になって神様に導きを求めて行くことが大事だと分かりました。
今日も福岡の姉妹とスカイプでシェアしました。彼女も最近の礼拝で「喜び」が捧げ物になって行くということを学びました。福岡礼拝所もこれから捧げて行く人たちが集まる礼拝所になっていきたいとシェアしました。 初めてだヴァール福岡に来た時を思い出しました。日本語がまだちょっとしか話せなかった私でも、やはり教会の皆さんの喜びを見て、私も喜びに満たされ、なにか奉仕しようという願いが出てきました。そこから、子供たちのシッターとしてお手伝いし、子供達と遊ぶことが大喜びになりました。 神様に対する感動・喜びは本当の捧げ物だということは確かに分かりました。(広島礼拝所・婦人)