CS(教会学校)の学びから「主よ。彼の目を開いて、見えるようにしてください。」2列王記6:17
メンバー:ヨセフ(小6)、エステル(小2)(ニックネーム)
聖書箇所:2列王記6:8-23
暗唱聖句:主よ。彼の目を開いて、見えるようにしてください。2列王記6:17
3人で最初にお祈りをして始めました。
先週はどんな話だったか、何が出てきたか?
ヨセフ「斧」、エステル「バプテスマ」、ヨセフ「死と復活を表していた」というようなことを話していました。
今日のところは違う場面になること話して、交互に読んでいきました。プリントしてきた絵も見たりしました。
アラムがイスラエルに侵入しようとしていたが、神の人エリシャがイスラエルの王様に知らせてくれていた。
ヨセフは「エリシャに召使いがいたんだ」「もしかしたらナアマン将軍が治ったもんでアラムの王も略奪とか禁止していたかもしれないよ。そして(イスラエルの)王様も変わっていたかもしれないよ。」
どうだろうね。アラムの王はだれかスパイがいるのか?と言っていたね。でもイスラエルにはエリシャが、神様の預言者がいること、その家来が知っていた。兵士同士で話していたかもね。どうして何回もイスラエルとの戦いに失敗するのかなと言っていたかもね。その場にいなくても神様がエリシャに見せて王に教えていた。知識のことばのことを話しました。
エリシャがドタンに行ったことを読むと、ヨセフが聖書についている地図で場所を確認していました。エステルも一緒に見ました。ヨセフは、「アマナ川あった。パルパルとかの」と言ってナアマンが言っていたアラムの川を見つけていました。
アラムから馬と戦車の軍隊がエリシャを捕まえにきた。若い召使いがそれを見て怖がった。エリシャが神様に祈ったね。見えるようにしてください。どうして?
エステル「目開けてるよね?」
そうだよね。「火の馬と戦車がエリシャを取り巻いて山に満ちていた。」エリシャが見ていたのは、言いたいのは霊の世界のことを言っていた。うちらもそうだよね?イエス様が見えないけど共にいることは知ってるよね。
ヨセフ、エステル「いる!」
エリシャについていた火の馬と戦車は、エリヤから引き継いだよね。いつも共にいた。
エリシャは今度アラムの兵士たちを盲目にして打ってくださいと祈った。サマリヤに連れて来ると、またエリシャが目を開けてくださいと祈った。イスラエルの王は打ちますか?と聞いたら、エリシャはパンと水を与えなさいと食事をさせるように言った。「盛大なもてなしをした」ことで、
エステル「二度と来なくなった。」ヨセフ「恩を仇で返すことの逆をしている。」
良いことをしたね。そうするとどうなった?
ヨセフ「良いことが起こった。」エステル「二度と来なくなった。」
自分たちに悪いことをされて同じようにこっちも悪いことをしたらまた悪いことをされる。どうする?
ヨセフ「もしサマリヤに天から火がふらされていたらどうなったのかな?」
神様はご自分で復讐をされること。私たちのやることではないよね。
イエス様は神の子で正しかったのに十字架にかかって罵られバカにされて酷いことをされた。悪いことをしている者のために十字架にかかるほどに愛してくださった。
ヨセフ「イエス様がすごい人だからだよ。」エステル「天の王様。」
天の軍勢引き連れてやっつけることできたよ。だけど赦した。人間の代わりに死なれた。イエス様がそこまでしてこんな私の罪のために死なれたんだ。と嘆いて、人は救われる。自分が罪がある者で赦された。ここまでしてくれた。私たちも悪いことをされたら復讐ではなく良いことをする。そうすればその人は同じように心が柔らかくなる、変わる。
聖那「(心)硬いのが。」
イエス様はどうだった?天から火を下さなかった。ヨセフに自分に嫌なことをしてくる子がいたらどうするかと聞くと「無視する。」と言いました。そういう場合も必要だと話しました。
教材にあるようにアダムとエバは善悪の知識の木の実を取って食べた。今まで神様を見ていたけど、罪を犯して、地上の見える物に心を留めて心配したりするようになってしまった。地上の現実と霊の現実を説明しようとしました。
神様が最初に造られたように私たちは見えないもの、霊の現実を信じる者。
暗唱聖句を読みました。これはエリシャが召使いの目が見れるようにと神様に祈った言葉だった、エステルは「心の目、霊の目」と言いました。心配と恐れはこの世の現実を見てそうさせてるけど、私たちの見るところは霊の目で、安心や喜びがくる恐れるな。と言われるよ。
余った時間では、絵、地図を描いていました。
暗唱聖句:主よ。彼の目を開いて、見えるようにしてください。2列王記6:17
3人で最初にお祈りをして始めました。
先週はどんな話だったか、何が出てきたか?
ヨセフ「斧」、エステル「バプテスマ」、ヨセフ「死と復活を表していた」というようなことを話していました。
今日のところは違う場面になること話して、交互に読んでいきました。プリントしてきた絵も見たりしました。
アラムがイスラエルに侵入しようとしていたが、神の人エリシャがイスラエルの王様に知らせてくれていた。
ヨセフは「エリシャに召使いがいたんだ」「もしかしたらナアマン将軍が治ったもんでアラムの王も略奪とか禁止していたかもしれないよ。そして(イスラエルの)王様も変わっていたかもしれないよ。」
どうだろうね。アラムの王はだれかスパイがいるのか?と言っていたね。でもイスラエルにはエリシャが、神様の預言者がいること、その家来が知っていた。兵士同士で話していたかもね。どうして何回もイスラエルとの戦いに失敗するのかなと言っていたかもね。その場にいなくても神様がエリシャに見せて王に教えていた。知識のことばのことを話しました。
エリシャがドタンに行ったことを読むと、ヨセフが聖書についている地図で場所を確認していました。エステルも一緒に見ました。ヨセフは、「アマナ川あった。パルパルとかの」と言ってナアマンが言っていたアラムの川を見つけていました。
アラムから馬と戦車の軍隊がエリシャを捕まえにきた。若い召使いがそれを見て怖がった。エリシャが神様に祈ったね。見えるようにしてください。どうして?
エステル「目開けてるよね?」
そうだよね。「火の馬と戦車がエリシャを取り巻いて山に満ちていた。」エリシャが見ていたのは、言いたいのは霊の世界のことを言っていた。うちらもそうだよね?イエス様が見えないけど共にいることは知ってるよね。
ヨセフ、エステル「いる!」
エリシャについていた火の馬と戦車は、エリヤから引き継いだよね。いつも共にいた。
エリシャは今度アラムの兵士たちを盲目にして打ってくださいと祈った。サマリヤに連れて来ると、またエリシャが目を開けてくださいと祈った。イスラエルの王は打ちますか?と聞いたら、エリシャはパンと水を与えなさいと食事をさせるように言った。「盛大なもてなしをした」ことで、
エステル「二度と来なくなった。」ヨセフ「恩を仇で返すことの逆をしている。」
良いことをしたね。そうするとどうなった?
ヨセフ「良いことが起こった。」エステル「二度と来なくなった。」
自分たちに悪いことをされて同じようにこっちも悪いことをしたらまた悪いことをされる。どうする?
ヨセフ「もしサマリヤに天から火がふらされていたらどうなったのかな?」
神様はご自分で復讐をされること。私たちのやることではないよね。
イエス様は神の子で正しかったのに十字架にかかって罵られバカにされて酷いことをされた。悪いことをしている者のために十字架にかかるほどに愛してくださった。
ヨセフ「イエス様がすごい人だからだよ。」エステル「天の王様。」
天の軍勢引き連れてやっつけることできたよ。だけど赦した。人間の代わりに死なれた。イエス様がそこまでしてこんな私の罪のために死なれたんだ。と嘆いて、人は救われる。自分が罪がある者で赦された。ここまでしてくれた。私たちも悪いことをされたら復讐ではなく良いことをする。そうすればその人は同じように心が柔らかくなる、変わる。
聖那「(心)硬いのが。」
イエス様はどうだった?天から火を下さなかった。ヨセフに自分に嫌なことをしてくる子がいたらどうするかと聞くと「無視する。」と言いました。そういう場合も必要だと話しました。
教材にあるようにアダムとエバは善悪の知識の木の実を取って食べた。今まで神様を見ていたけど、罪を犯して、地上の見える物に心を留めて心配したりするようになってしまった。地上の現実と霊の現実を説明しようとしました。
神様が最初に造られたように私たちは見えないもの、霊の現実を信じる者。
暗唱聖句を読みました。これはエリシャが召使いの目が見れるようにと神様に祈った言葉だった、エステルは「心の目、霊の目」と言いました。心配と恐れはこの世の現実を見てそうさせてるけど、私たちの見るところは霊の目で、安心や喜びがくる恐れるな。と言われるよ。
余った時間では、絵、地図を描いていました。